「あー、ちょっとまずいかもしれんね……」
東條希はそう呟くと、大きく息を吐いた。
そして、ぐるりと部屋を見回す。
当たり前だが、自室に人気はない。
そこで、もう一つ盛大にため息を吐いた。
(要は人恋しくて仕方ないのよね……)
μ’sの練習を終えて、独りぼっちの部屋に帰ってくると、どうしようもなく寂しくなることがある。
(えりちでも、にこっちでも良いから、捕まえておけばよかったかな?)
同じ三年生の二人にメッセージを送りたくなる衝動に駆られるが、ギリギリで踏みとどまる。
(二人にはお相手がいるからなあ……)
そう、絵里は海未と、にこは真姫と付き合い始めていた。
(お邪魔虫をしても良いんだけど……。そういう気分でもないんだよね)
図々しさならμ’sでも一番だと自負している希だったが、気遣いの人でもあった。
付き合い始めの時期に割って入るほど野暮でもない。
(食べ頃になったらつまませてはもらうけどね……)
不穏なことを考えながら、希は改めて気づかされた。
(もしかして、私って余りもの……)
そうなのだ、他の四人にもお相手はいる。
それぞれ、穂乃果はことり、凛は花陽とくっついていた。
要するにフリーなのは希だけだった。
(いや、九人のグループなんやから、普通に誰か一人は余るにきまっとるやん)
思わず心の声までエセ関西弁になってしまう希だった。
こうなる前に、のぞえりを決めておけばと悔やんだりもするのだが、後の祭りである。
「しゃーないわ。寂しい女は独り夜の街に繰り出すとしますか……」
希は化粧台の前に座ると、髪を三つ編みにして頭に巻き付ける。
そして、その上からウィッグネットをかぶり、特製の金髪のウィッグを装着した。
「どうせやったら、こないだもらった服を着よか」
クローゼットからは、以前撮影の時に引き取ったロングドレスを引っ張り出してくる。
すると、いつもの希から愛嬌を抜いて、大人っぽさを足した姿が鏡の前にできあがった。
「うん、うちもなかなかいけてるやん」
すっかり変身しつくした希は、行きつけのバーへと足を運ぶ。
これまでもこうして何度か足を運んでいるのだが、未成年と見とがめられたこともないし、ましてや誰も希と気づく者はいなかった。
弱めのカクテルをちびちびと傾けながら、人待ち顔で飲んでいると、誰かしら相手は捕まる。
気に入った相手であれば、行きずりのワンナイトも経験済みである。
しかし、その日は釣果が芳しくなかった。
話しかけてくるのはつまらない男ばかりで、希のお眼鏡にかなうような相手はまったくいなかった。
(今日は駄目ね。帰ろうかな……)
見知らぬ女が声を掛けてきたのはそんなときだった。
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