「はあーっ…今日も疲れたぁ」

電車の席に腰掛けた僕がついた溜息は、思いの外大きなものとなってしまった。周囲にほとんど乗客がいなかったのが幸いだった。
社会人となって三年。仕事には慣れてきたものの新人の頃のようなキラキラした感情はもうない。ただひたすら目の前の作業をこなす毎日だ。
別に今の仕事が嫌なわけじゃない。ただ同じような毎日が続くと、ふと考えてしまう。

「来る日も来る日も同じことの繰り返し…。このままでいいのかなぁ」

随分前に心に湧いた疑問がボソリと口をついて出た。今一度自分の人生について考える時なのかもしれない…。そんな考えを持った僕を現実に引き戻すように、電車内にアナウンスが響いた。

『次は〜神保町〜神保町でございます』

…そう言えばこの駅の近くの学校で、なにやら変わった催しが行われているらしい。学校の名前は確か、『音ノ木坂学院』と言ったか?何でもすくーるあいどる?なる物が周囲でかなりの人気を博しているという噂だ。僕の学生時代と比べて、青春の形も随分と変わったものだ。そんなことを思っていた僕だが、程なくして電車は神保町駅に到着した。プシュウウウウ…という音を立ててドアが開き、数名の乗客が乗り込んできた。
座席のスペースにはまだまだ余裕があり、乗り込んできた客達は次々と空きスペースを見つけて座っていく。そのうちの一人から僕は目が離せなくなった。女子高生のような風貌のその乗客が僕の真向かいに座ったからというのもあるが、その顔に見覚えがあるような気がして仕方がないのだ。
誰だっただろうか…?そう思いつい視線を前に集中させてしまうが、その甲斐あって誰なのか掴めた。彼女が身につけているのは間違いなく、音ノ木坂学院の制服だ。まさか…。
僕は即座にスマホを取り出し調べ始める。確かあそこのスクールアイドルの名前は『μ’s』だった筈…。検索をかけるとすぐにヒットする。続いて彼女自身の名前も判明した。
僕の真向かいに座る少女、黒髪でツインテールの彼女の名前は矢澤にこ、通称『にこにー』。グループの中でも最年長の一人だが、『にっこにっこにー』と可愛らしく振る舞う姿で人気を集めているらしい…。
アイドル関係に疎い僕でさえ、μ’sの人気がどれほどのものなのかは知っている。よもやこんなところでそのメンバーの一人に会えるとは…。
無意識のうちに彼女を見つめてしまっていたらしい。彼女と目が合った瞬間、反射的に目を逸らしてしまった。