禪院真希が自室で目を覚ました時、それは真っ先に彼女の目に飛び込んできた。と言ってもそれ自体は怪しいものではない、ただグラスに入った一杯の水だった。
枕元に置かれていたそれを発見した時、彼女はまずこう思った。

(なんだこれ?誰がこんなもん置いてったんだ…?)

勿論自分で用意した覚えなどない。かと言ってこんなことをする輩に心当たりもなかった。
他の何かであれば警戒もしたかも知れないが、何しろ見た目はただの水だ。

「ま、いっか。喉渇いてたし…」

真希はそう言うとさほど注意することもなく、グラスの中の水を一気に飲み干してしまった。

「…うん、別に変わったところはないか…」

水を飲み下した真希は一言そう言った。この出来事によって、彼女の運命は大きく変わることになる…。

その後彼女は街に出かけたが、どうにも違和感が拭えなかった。何か体の芯の部分が熱を帯びているような…。
かつて味わったことのない感覚に戸惑う真希だったが、そんな彼女を更に困惑させることが起こった。

「見つけた…」

周囲の雑踏と雑音に紛れて真希には届かなかったが、小さな声でそう呟いた者がいた。その人物は周囲の目など全く気にすることなく、目標に向けて一直線に突き進んでいった。そしてその手前まで来ると、その勢いを殺すことなく飛びつき言った。

「お姉さ〜ん!」

突然腰の部分に何かが飛びつく感触を覚え、真希は反射的にそちらに視線を向ける。その目に映ったのは、十歳前後と思しき顔立ちの少年だった。その少年は頬を赤らめ、軽く涙を浮かべながら真希に懇願してくる。

「お姉さんっ!僕もうダメっ!スリスリピュッピュしたい!ねえお姉さん!いいでしょ!」

目の前の少年が何を言っているのか理解できなかった。そもそも真希にはこの少年に見覚えすらない。間違いなく初対面の相手の筈だ。
なのに…この感覚は何だろう?彼の顔を見るたびに、彼の声を聞くたびに、体の中心から下腹部に向けて熱い物が降りてくるような…。
恥じらいとあどけなさを存分に残した彼の赤らんだ顔。女のものと間違えてもおかしくないような、声変わりを迎えていない高く透き通った彼の声。それら全てが真希の心に突き刺さり、少年から目を逸らすことができなくなった。
道行く人々がその異様な光景を横目で見て通り過ぎて行く中、真希はその少年に向けてこう言い放った。先程の少年のものと同じく、周囲の雑音にかき消されてしまうような小さな声で…。

「やっと見つけた…」