始発に乗れるように出発し、終電で家に帰る。これでもまだマシな方だと言うのだから、日本の会社は思っている以上に勤勉らしい。
もちろん私の勤めている会社でも例に漏れず、帰宅できること自体が幸運とも言えるほどに多忙を極めていて、金はあるが使う時間はない、出会いもなければ場に出向くことすら出来ない、社会人になってから10年ちょっと経ったが、その間彼女ができたことは無かった。

そんな私にも趣味と呼べるものは存在する。リアルタイムで追いかけることは無理だが、録画することもできるしグッズも今ではインターネットで買える、所謂アニメの推し事だ。

社会人になりたてのころ、家に着いて夜中に夕飯を食べながらなんとなく点けていただけのテレビから流れた、女の子がゆるーく楽器を練習しているアニメ。
私はそれを見て涙が出た。

ちょうど上司にどやされたからかもしれないし、自分の無能さを自覚したからかもしれない、もしくは、自分にもこんな時代があったななんて、懐かしんでいたからかもしれないが。
とにかく涙が出て、そしてもっと観たいと思うようになり、録画するための機器を揃えたり、よりよい画質で見れるようにテレビを買い換えたり、音質にこだわってスピーカーをつけてみたりして今に至る。

そんなアニオタ歴、と言うと本当のオタクの方々に失礼かもしれないから言い換えるが、アニメという文化を追いかけ初めて早くも12年になる私だけれど、世界広しと言えどこんな経験が出来た人間は、おそらく存在しないだろう。

「おかえりなさい、ご飯できてますよ!それともお風呂にしますか?」

消したはずの電気が漏れていい香りが漂っていた我が家に入ると、泥棒でも強盗でもなく、家政婦でも彼女でもなく、宇宙人でも幽霊でもなく、2次元の世界で私が恋した女の子、平沢憂が立っていた。

しかも裸エプロンで。

「?どうしました……キャッ」

どうせ夢なのだからと私はそのまま壁際へと彼女を追い詰め、左腕を顔の横に押し出し退路を奪った。

「あ、もしかして……私ですか?」

頬を赤く染め、上目遣いで恐る恐る聞いてくる彼女の神々しさに一瞬怯みつつも頷き、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「わかりました、でもちょっとだけ待ってくださいね?火を止めないと」

そう言った彼女が霧のごとく消えてしまわないか不安もあったが、火事は流石に洒落にならない。
壁際から解放し共に台所へ向かうと、肉じゃがのいい匂いにつられて、お腹がぐぅ~と鳴ってしまった。

それを聞いた彼女は、困ったような笑顔を私に向ける。

「あらら、やっぱりご飯を先にしますか?」

考える。
まずこの現象に至った経緯が全くわからない、だからひょっとしたら、今こうやって考えている間にも消えてしまうかもしれない。
けれど手料理を食べることが出来るチャンスでもある。むしろ、手料理ごと消える可能性まであるのだから、実質究極の2択とも言える。

食べても、風呂に入っても、そしてさらに性交しても消えないという確信があれば、ここまで悩むことはないだろう。

うーん、うーんと眉間に皺を寄せて悩んでいる私はを見かねたのか、彼女はまたも顔を赤らめながら提案をしてきた。

「それなら……こういうのはいかがでしょうか?」